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【編集後記】Intelの「IDM 2.0」はプロセッサの多様性を広げられるか【note】

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錦です。

今日は久々にnoteに投稿したのでここにも転載してみました。

Intelの「IDM 2.0」はプロセッサの多様性を広げられるか|錦 aka NKIIB (nishikiout)|note

今回は、Intelが先月末に発表した「IDM 2.0」について。Intelが同社の製造ラインを他の企業に貸し出すという新しい事業になりますが、Intelがこれによってどういうふうに立ち回るのか。脱Intelの動きに対してどう対応するのかなど、Armを採用するメリットデメリット、Intelがこれをやるから面白いことなどを取り上げましたのでよろしければお読みください。

ただ、長すぎて文章の構成がえげつないことになってそうで怖いです。


ここ十数年、パソコンのプロセッサはIntelAMDの二極化となっている。実際には、それ以外にもプロセッサを開発している企業もあるが、かなり稀となっているのが実情だ。

そんななか、Appleが昨年のWWDCで「Apple Silicon」を発表した。これは、iPhoneiPadで培った独自のプロセッサ技術をMacに移植するという計画であり、多少問題は発生しながらもすでに製品化されている。日本の市場ではApple Siliconを搭載した「Mac mini」が昨年末に最も売れた据え置きがたパソコンとなったという調査結果もあるほどである。

Apple Siliconは、iPadで培った電力対性能の高さや、Appleのエコシステムへの組み込みなどといったApple製品での囲い込みという部分もあるが、同社の脱Intelを象徴するものとなっている。脱Intelや脱AMDの動きはApple以外にも起こっている。

スマートフォンタブレットに向けたSoCがパソコン並の性能を持つようになっている現在において、パソコンにそれを移行するという動き自体はかなり前からある。そもそも、スマートフォン向けSoCは基本的にArmをベースにしていて、Armベースのパソコン自体は2000年代前半から存在する。ただし、そこまで普及しなかった。理由はおそらくその性能やソフトウェアの対応状況にあると思う。

IntelAMDアーキテクチャx86/x64と呼ばれるものであることはご存知のとおりだと思うが、もちろんこれらのシステム向けに開発されたソフトウェアはArmと相互的な互換性はなく、動作させるときにはエミュレートやコード変換といった処理が必要になり、プロセッサの性能を十分に発揮できなくなる上、一部の機能が使えなくなったりそもそもエミュレートでは動作しない例もある。パソコン市場はx86によって発達してきた側面があるため今も大方x86プロセッサが使われており、それ以外に選択肢がないようにも思えてきた。

しかし、Apple Siliconが発表された以降、「独自プロセッサを搭載したコンピューター」というものに注目が集まっている。

ちなみにAppleよりも先に「"一応"独自プロセッサを導入したWindowsマシン」がある。それはMicrosoftの「Surface Pro X」である。この製品には、名目上MicrosoftQualcommが共同で開発したとされる「Microsoft SQ1」チップが搭載されている。しかし、SQ1の中身は実質的にラップトップ向けSnapdragon 8cxを少し強化したものであり、MicrosoftはチップをSurface向けに最適化するというものになっていっる。つまり、これはSnapdragonであり「"完全に独自の"プロセッサ」と言うには若干違和感のある感じになってしまっている。

現在、独自プロセッサを開発するには基本的にArmが前提となっている。これは単純にライセンスとしてArmが提供しているからという部分もあると思うが、省電力性や性能、カスタムの汎用性などを考慮しても最適な方法であるのは明白である。この点を考慮すれば、Apple Siliconも完全な独自チップとは言い難い。

ここまで長々と独自プロセッサについて話してきたわけだが、本題はここからだ。IntelのCEOに新たに就任したPat Gelsinger氏が新たな体制として3月下旬に発表した「IDM 2.0」の話題となる。IDMとは開発・製造・販売をすべて自社で行う半導体企業の形態である。

基本的にAppleAMDQualcommといった企業は半導体の工場を持っていない。正確には持っていたとしてもそこでメインのCPUやGPUのようなチップを製造していない。こういった企業は「ファブレス企業」とよばれ、製造を請け負う「ファウンダリ企業」に半導体を外注している。ファウンダリ企業はTSMCSamsung、UMCが挙げられる。つまり、ファブレス企業はIDMが行っている開発・製造・販売のうち、製造を外部に委託しているということになっている。これは、製造ラインを構築することや製造技術を開発するコストが掛かりすぎることが理由になっている。

IDMのメリットは製造ラインを自分で持っているので、世界的な需要の逼迫に対してファブレス企業に比べて影響が小さいというものがある。ファブレス企業はファウンダリ企業の製造能力によって生産数が左右される。なので、ファウンダリ企業の裁量によっては安定した供給を保てないという致命的なデメリットが存在する。特に現在のような半導体の急激な逼迫が発生している場合、ファウンダリ企業は利益の高い企業、例えばAppleAMDといった企業を優先するので、中小規模の企業では供給が追いつかない可能性が出てくる。

そこでIntelIDM 2.0が出てくる。Intelの新しい形態であるIDM 2.0の柱の中には「ファウンダリ企業としてのIntel」が含まれている。

現在、世界的に最先端の製造技術を扱っているファウンダリ企業は2社ある。台湾のTSMCと韓国のSamsungだ。しかし、これらの企業はアジアに固まっており、台湾は中国から、韓国は北朝鮮からの驚異が迫っている。Samsungについては工場が米国などの地域にも存在するので問題はそれほど重大ではない上、台湾ほど驚異というわけではないと思っているが、問題はTSMCである。2019年から続く香港の問題。台湾でもいつ起こりうるかわからない問題となっている。特にTSMCの場合、すべての工場が台湾の地域内に存在しているため、もしも台湾で有事が発生した場合、世界的な半導体の供給不足がより深刻になることは間違いない。つまり、情勢が安定しない地域に依存してしまっていることが問題なのである。

それに対してIntelはこういったリスクが少ない。欧米企業からすれば情勢が悪化しつつあるアジアからの輸入よりも、欧米に工場があるIntelからの供給のほうがありがたい部分もあるだろう。その上、情勢の話以前に現在のような半導体需要の逼迫ということが起きている現代においてファウンダリ企業が増えることについてはむしろ歓迎されるべき事柄になるかもしれない。正確にはTSMCSamsungでは賄えない部分をIntelが補うという言い方が正しいだろう。

独自プロセッサの話に戻すと、実はIDM 2.0にはこの独自プロセッサにおいてもファブレス企業には恩恵がある。それはIntelの知的財産を利用できるということだ。Armは同社の知的財産をライセンスという形で付与しており、それを利用してAppleQualcommといった企業がチップを開発している。一方、x86は長年IntelAMDが開発してきた知的財産の塊である部分が大きく、簡単に足を突っ込めない分野になっていた。しかし、そうした知的財産を利用できるとなると独自プロセッサを開発したい企業からすると嬉しい部分が大きいと思う。特にx86であるという部分が大きい。何度も申し上げているように、独自プロセッサはArmが主流であるが、パソコンにおいてのプロセッサはx86が主流になっている。そのため、パソコン市場においてArmで参戦するというのはかなりしんどい。それこそプラットフォームをすべて一つの企業が形成しているAppleが最もArmに移行しやすい環境になっている。

その中でx86の知的財産が使えるというのは非常に大きい。特にArmにプラットフォームもソフトも対応しきれていないこんな状態だと特にその恩恵を受けることができる。Windowsはもちろん長年主流だったx86のサポートは非常に広範であり、Windows向けに公開されているアプリもすべてがx86に対応しているといっても過言ではない。つまり、安定して独自プロセッサの「最適化することができる」という恩恵を受けながら、プラットフォームもそのままで対応するソフトも環境もそのままで使うことができる。

無論、Intelの技術ということはアーキテクチャIntelのものになり、同社の最新技術を惜しみなく活用することができ、先端の製造技術を活用できる。独自プロセッサを導入するコストも大幅に削減できる。

WindowsのArm対応が原因で、独自プロセッサの採用に二の舞を踏んでいた企業もIMD 2.0によってx86ベースの独自プロセッサの採用ができる。こうすれば、Intelの規格に忠実に沿ってきた一部の企業も独自のチップをもとにシステムを構成することができ、今後チップがよりそのデバイスに最適化された状態で使うことができるようになる。個人的にはマザーボードも作っているパソコンメーカーがこれに参入してきたら非常に面白いことになりそうな気もする。

IntelIDM 2.0で同社自身をファウンダリ企業としたり、知的財産を公開した理由は、Appleを筆頭に脱Intelという動きに対して別で手を打とうというところであるのには間違いないと思う。無論、今後脱Intelが進めばIntelはどんどん衰退していくだろう。しかし同社は、長年培ってきた技術を、自社のファウンダリを使うという条件で提供することによって、脱Intelという止めにくい動きを先回りして囲い込むという賢い戦略をとってきた。そしてこれは、独自プロセッサを採用したい企業や、半導体の製造においてアジア依存を減らしたいという欧米の企業や政府機関の要望にも応えられる形となった。今後おそらく、半導体の需要は高まっていくことは間違いないが、製造という部分にIntelも参入してきたことは、業界全体から見ても将来的にもプラスになるのではないだろうか。